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全部失った男が、なぜ市場で勝ち続けられるのか

初めましてカブエモンです。

当ページに訪問していただきありがとうございます。今回は私が起業して投資にのめり込むまでのストーリーを紹介します。

幸いなことに私は起業し「企業価値200億」規模の会社を作り出すことに成功しました。人によっては私のことを成功者と呼ぶ方もいらっしゃいます。しかし、そんな記号のような評価に、私という人間の本質は何一つ刻まれていません。

むしろ、私の本当の姿は、あの湿った深夜のワンルームで、震える指を組み合わせて祈っていた、情けなくて、弱くて、逃げ出したくてたまらなかった一人の男にあります。

私は一度、終わりかけました。

これは、きらびやかな成功法則を語るための文章ではありません。ましてや、効率的に資産を増やすための小利口なテクニックを伝授するものでもありません。もしそのような「正解」をお探しなら、この先を読み進めても、あなたを失望させてしまうだけでしょう。

ここに記すのは、かつて地獄の淵で、自分の醜さと向き合わざるを得なかった、ある愚か者の「心の再生」の記録です。自慢に聞こえる瞬間があるかもしれませんが、どうかお許しください。私はただ、自身の傷口を開いて見せることでしか、お伝えできない真実があると考えているのです。

若さと未熟さ

 
 

なぜ、私は起業という道を選んだのでしょうか。 今振り返れば、それは吐き気がするほど青臭い正義感と、それ以上に膨れ上がった「承認欲求」の結果でした。

「私なら、世界を変えられる」

「既存の古い仕組みを、私の手で塗り替えてみせる」

根拠など、どこにもありませんでした。ただ、自分が特別な存在だと信じたかっただけなのです。二十代の私は、野心の塊でした。理想を語れば人が集まり、情熱を絶やさなければ必ず道は開けると、本気で信じ込んでいました。

当時は、自分の「未熟さ」さえも武器になると錯覚していました。経験がないからこそ、自由な発想ができる。資金がないからこそ、誰よりもハングリーになれる。そんな耳あたりのいい言葉で自分をコーティングし、鏡に映る己の姿に酔いしれていたのです。

私は、世界を救うヒーローになるつもりでした。 しかし、現実はヒーローショーのように、決まった時間に悪役が倒れてくれるほど、甘くはなかったのです。

崩れ始める現実

 
 

綻びは、静かに、しかし確実に広がっていきました。 最初は、ほんのわずかな数字の狂いでした。「来月には取り返せるだろう」と、自分に都合のいい解釈をして、目を逸らしたのです。

しかし、来月になっても、その次の月になっても、状況は好転しませんでした。通帳に刻まれた数字は、まるで命の灯火が消えていくように、刻一刻と減り続けていきました。

社内の空気は、目に見えて変わっていきました。昨日まで笑顔で語り合っていたスタッフの目が、どこか冷ややかになり、会議室には重苦しい沈黙が停滞するようになりました。私はそれを「みんな疲れているだけだ」と、必死にポジティブに言い聞かせていました。

何より醜かったのは、私自身です。 うまくいっていないことを一番知っているのは私なのに、私は最後まで「成功しているフリ」を続けました。高いランチを注文し、虚勢を張り、SNSには前向きな言葉だけを並べ立てました。 中身が空っぽの、ただの張りぼてだったのです。

焦りは、常に夜にやってきました。天井を見つめながら、暗闇の中で計算を繰り返す日々。 足りない。どうしても、足りないのです。

地獄の核心

 

「資金ショート」という言葉が、現実の鋭い刃となって私の喉元に突きつけられました。

銀行の担当者の顔を、今でも夢に見ることがあります。冷徹な事務作業のように、私のささやかな希望を切り捨てていく声。 「これ以上の融資は、現在の御社の数字では不可能です」 どれほど頭を下げても、どれほど情熱を語っても、数字という無機質な壁にすべて跳ね返されました。

借金を重ねました。親戚、友人、あらゆる窓口。借りられる場所ならどこへでも行きました。プライドを捨てることなど、もはや造作もないことでした。ただ、今日を生き延びるための金が欲しかった。

一番苦しかったのは、給料日です。 「スタッフに給料を払えないかもしれない」という恐怖で、胃が焼けつくようでした。彼らには家族があり、守るべき生活がある。それを守ると豪語した私の手は、今や空を掴むことしかできませんでした。

一人、また一人と、仲間が去っていきました。 「すみません、もうついていけません」 その背中を見送るたびに、私の心の一部が剥がれ落ちていくようでした。しかし、誰も責めることはできませんでした。 悪いのは、環境ではありません。不景気のせいでも、競合他社のせいでもありません。

私です。 私の読みが甘く、私の経営が稚拙で、私が独りよがりだったからです。 自分の「無能さ」を、これでもかというほど突きつけられた日々でした。

眠れない夜、暗闇の中で自問自答しました。 「なぜ、こんなことになったのか」 答えはいつも同じ。私が、弱かったからです。

本当に怖かったもの

 

倒産すること。破産すること。借金取りに追われること。 もちろん、それらも恐ろしいことでした。しかし、本当に私を凍りつかせたのは、それではありませんでした。

私が一番怖かったのは、「何者でもない自分」に戻ることでした。 これまで積み上げてきたと信じ込んでいたプライドが、すべて崩れ去ること。周りから「口だけの失敗者」と指を指されること。それが、死ぬことよりも怖かったのです。

私は、決断ができませんでした。 事業を縮小すべきだと理解していても、敗北を認めるのが怖くて、傷口を広げ続けました。撤退は負けだという強迫観念に囚われていたのです。 逃げたくてたまらないのに、逃げる勇気さえ持てない。そんな自分に絶望していました。

この時、私は気づいたのです。 私が必死に守ろうとしていたのは、会社でもスタッフでもなく、「優秀だと思われたい私」という、ちっぽけな自尊心だったのだと。

今、これを読んでくださっているあなたに、静かに問いかけたいのです。 あなたが今、守ろうとしているものは何でしょうか。 それは本当に、あなたの命を懸けてまで守る価値のあるものですか? それとも、かつての私のような、安っぽいプライドではないでしょうか。

決断の瞬間:最愛の人との別れ

 

資金が底をつき、すべてが崩壊へと向かっていたあの日。私には、共に夢を見ていた大切な女性がいました。彼女は、起業当初から私の無謀な夢を支え、一番近くで励まし続けてくれた人でした。

ある夜、私はついに彼女に打ち明けました。 「もう、給料も払えない。君をこれ以上、この地獄に巻き込むことはできない」

彼女は、黙って私の言葉を聞いていました。その潤んだ瞳には、私が隠し続けてきた惨めな姿がすべて映っていました。彼女は震える声で言いました。 「お金なんてなくてもいい。一緒にいたい」

その言葉は、何よりも温かく、そして何よりも私を切り裂きました。私は彼女の優しさに甘えて、泥舟に乗せ続けることもできたでしょう。しかし、その時初めて、私は自分のためにではなく、「彼女の人生」のために決断を下さなければなりませんでした。

「君には、幸せになる権利がある。でも、今の俺の隣には、苦しみしかないんだ」

私は彼女を拒絶し、半ば強引に別れを告げました。彼女が泣きながら部屋を出ていく音を、私は動けずに聞き続けていました。ドアが閉まる音。それが、私の「若さ」と「傲慢」に終止符を打った瞬間でした。

ヒーローになど、なれませんでした。愛する人一人守れず、瓦礫の山に立ち尽くす敗残兵。それが私の真実でした。何が正解なのか、これっぽっちも分かりませんでした。ただ、嘘をつくのをやめ、自分の一部を切り落としてでも、守るべき一線を引くこと。それが私の、初めての「大人の決断」だったのです。

静かな復活

 

それからの歩みは、決して劇的なものではありませんでした。 物語のような大逆転劇は、現実の世界には早々起きないものです。

ただ、泥水を啜るような日々の中で、一つずつ、壊れたものを丁寧に直していきました。見栄を捨て、泥臭い仕事に汗を流し、一円という重みを魂に刻み込みました。 嘘をつかず、誠実に、目の前の人間一人ひとりと向き合い続けました。

すると、少しずつ、少しずつ数字が改善していったのです。 消えかかっていた信用という灯火が、か細い糸のように戻ってきました。かつての仲間が、一人、また一人と、私の元へ戻ってきてくれました。

気づけば、事業は以前よりもはるかに強固なものになっていました。 紆余曲折を経て、現在の企業価値は200億という規模にまで成長しました。 ですが、冒頭でも申し上げた通り、そんな数字に大した意味はありません。 それはあくまで、私が自分の弱さと真正面から向き合い続けた結果、付随してきた「副産物」に過ぎないのです。

私は、成功者として君臨したいわけではありません。 ただ、二度とあの自分に嘘をつく地獄には戻らないと、それだけを誓って生きているのです。

投資との出会い

 

事業が安定し始めた頃、私は「投資」という世界に出会いました。 最初は、余剰資金を運用するという、ごく一般的な動機からでした。

しかし、投資を深く知るうちに、私はある種の衝撃を受けました。 そこには、私がかつて地獄で見た光景が、形を変えて鮮明に存在していたからです。

投資とは、チャートを読み解くゲームではありません。銘柄の将来性を計算する算数でもありません。 その数字の裏側にいる「人間」の、熱狂と絶望、すると魂の決断を見極める行為なのです。

私がかつて、資金ショートに怯え、決断を先延ばしにし、自尊心を守るために嘘をついたように。 市場の裏側にいる経営者も、投資家も、みな同じように悩み、震えています。 投資の本質は、テクニックなどではなく、「人間を見ること」にあると確信しました。

私は、かつての自分のような「弱さ」を抱えた企業を見つけると、胸が締め付けられます。 そして、その弱さを認め、乗り越えようとする意志の萌芽を感じた時、私は迷わず投資をします。 それは、単なる金儲けではありません。 かつての自分への弔いであり、同時に、未来への祈りなのです。

今の自分

 

今の私が、昔より強くなったのかと問われれば、答えは「いいえ」です。 私は今でも、怖いのです。 新しい事業を始める時も、大きな投資を決断する時も、足がすくみます。 深夜にふと目が覚め、あの暗闇のワンルームを思い出し、冷や汗をかくこともあります。

変わったのは、強さではありません。 「自分の弱さと、正しく向き合えるようになった」ことです。

自分が今、逃げようとしているのではないか。 また見栄を張ろうとしていないか。 それが、手に取るように分かるようになりました。 そして、そんな情けない自分を、「それでいいんだ」と受け入れられるようになったのです。

迷いは、決して消えません。 しかし、迷いがあるからこそ、慎重になれます。 弱さがあるからこそ、他人の痛みに寄り添うことができます。 私はこれからも、自分の弱さを生涯の相棒として、この不確かな世界を歩いていくつもりです。

あなたへのメッセージ

 

さて、ここまで読んでくださったあなたに、最後に一つだけお聞きしたいことがあります。

あなたは今、自分から逃げてはいませんか?

人生の重要な局面で、決断を先延ばしにしてはいないでしょうか。 「まだ準備が整っていないから」 「今は時期尚早だ」 そんなもっともらしい言い訳で、自分自身を騙し続けてはいませんか。

私は、あなたを突き放すために、このような厳しいことを申し上げているのではありません。 むしろ逆です。 あなたが今、どれほど苦しくて、どれほど孤独で、どれほど情けない自分に絶望しているか。 私はそれを、痛いほど知っているのです。

地獄の底は、意外なほどに温かいものです。 これ以上落ちる場所がないと気づいた時、人は初めて、自分の足で真に立ち上がることができます。 あなたの抱える弱さは、あなたの敵ではありません。 それは、あなたがこれから手にする、本当の強さの「種」なのです。

どうか、逃げないでください。 自分に嘘をつかないでください。 泥を啜ってでも、前を向いてください。 あなたが自分の弱さを認めたその瞬間、あなたの世界は、確かに形を変え始めるはずです。

私は、そんなあなたを決して笑いません。 なぜなら、私もまた、あなたと同じ、泥まみれの人間だからです。

未来への扉

 

この記事に記したことは、私の人生のほんの断片に過ぎません。 限られた文字数の中では、どうしてもお伝えしきれなかったことが山ほどあります。

特に、あの絶望の淵からどのようにして具体的な一歩を導き出したのか。 200億というステージに至るまでに、私は何を切り捨て、何を守り抜いてきたのか。 その「決断の裏側」にある生々しい葛藤については、公のメディアではどうしても書くことができませんでした。

それはあまりにも個人的で、かつ、真剣に人生を歩もうとする方にしか届かない言葉だからです。

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私は、その扉の向こうでお待ちしております。 あなたが、自分という人間から逃げ出すのをやめる、その運命の瞬間を。

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